幸せな赤也クン






部室の鍵を顧問に返し終えた真田は帰路につこうと校門をでる。

「副部長」

見知った声が背後から聞こえて、真田は振り向いた。

「赤也」

すでに帰ったはずの後輩がそこにはいた。

「どうかしたのか?」

赤也はテヘヘと頭を掻きながら、笑った。

「いや〜真田副部長、聞いてくださいよ。帰ろうとしたら、担任に見つかって、
今まで補習させられたんですよ」

ぶぅ〜と頬を膨らませながら、赤也はいった。

真田は溜息を吐くと。

「まったく、たるんどるからだ、これに懲りて精進するんだな、赤也」

「そんなこと言っても…」

赤也はブツブツといっていたが、真田は気にせずに、

「しかしだ、補習をしていたのは感心だ。腹が減っただろう、何か食いにいくか、赤也」

その言葉に赤也は一瞬で気分が晴れ、元気になった。

「もちろん、真田副部長のおごりッスよね、ね」

赤也は真田の後を付いて歩きながら、ずっと食べ物のことを考えていた。





次の日、真田は部室にくると、柳が先に来ていた。

「昨日、赤也とご飯をたべたそうだな、弦一郎」

「そうだが、情報が早いな?」

柳はその真田の言葉を聞くと窓の外に顔を向けた。

窓からテニスコートが見える。

なぜか、騒がしい。が、よく見ると朝寝坊の赤也がいる。

「発信源は赤也か」

真田は溜息をはいた。

「よっぽど、弦一郎に褒められて、ご飯をおごって貰ったのが嬉しかったようだな」

柳は静かに笑みをこぼした。

「はしゃぎすぎだ」

真田はそうはいっても少し嬉しく思っていた。


柳とともにテニスコートに向かう。

赤也の周りにはブン太とジャッカル、仁王、柳生が集まっていた。

「…おごってくれるなら、毎日補習があってもいいっスね…」

赤也は真田が来ていることに気づかず、ずっとしゃべり続けている。

仁王はニヤリと笑みを浮かべている。

「ほう、赤也。それなら俺が教えてやろうか?」

「ゲっ、真田副部長…」

赤也は真田の存在に気づき、オロオロし始めた。

「いや、冗談っスよ。いや、そうじゃなくて…」

ほかのメンバーはクスクスと笑い始めているが、真田だけは真面目な顔で赤也を見ている。

「柳先輩、助けてくださいよ」

「調子に乗るからだ、赤也」

真田の横に立つ柳に助けを求めるが、一蹴された。

「そんな〜」

そんな様子を見ながら、幸村が背後からやってきた。

「真田、今日はレギュラー同士で練習試合するよ」

幸村は真田にそう声をかけると、一瞬で緊張感が漂い始めた。




「はぁ〜やっと終ったッス」

部室で背伸びをする赤也にブン太がいう。

「今日は散々だったしな」

「そうですよ、副部長に負けた上に丸井先輩にシングルで負けるなんて…」

「赤也、サッサと着替えろよ、このあとミューティング室に集合だろい」

着替えながら、悔しがる赤也にブン太はそういってトドメをさした。

「はぁ〜そうだった…」

一気に気が失せた赤也を他所に、ブン太は隣のジャッカルに声をかける。

「じゃ、俺は先にいくぜ、ジャッカルあとはシクヨロ♪」

ジャッカルが返事を返したのを確認するとブン太は部屋を出て行った。

「先輩、ミューティングなんて面倒じゃないスか?」

「幸村の命令だし、早く行かないとまた、真田に怒られるぜ」

赤也はダレた体を起こし、ジャッカルとともにミューティング室に向かった。


部屋に入ると、派手な音が出迎えた。

クラッカーの音だ。

ジャッカル以外のレギュラーが手にクラッカーを持っている。

『赤也、誕生日おめでとう』

机にはケーキが置いてある。

時折、ブン太の視線がそれに注がれる。

「誕生日?俺の?」

赤也はキョトンとしている。

「真田。赤也のやつ自分の誕生日忘れとる」

仁王が斜め前の真田を見る。

「…今日はお前の誕生日だろう、赤也」

「それに、一週間後は誕生日だと、触れ回っていたのは誰だったか、忘れたのか」

そう柳にいわれ、少しづつ思い出してきた。

「覚えていてくれたんですね、柳先輩、真田副部長!」

赤也はとたんに嬉しくなった。

「でも去年、祝ってくれなかったスよね」

正面の幸村の顔を見ながら、赤也はそういった。

幸村は笑みを浮かべた。

「これを俺に持ちかけてきたのは真田だよ、ね」

幸村の言葉に赤也は驚き、真田を見た。

真田は少し気恥ずかしそうにしていた。

「赤也も頑張っていることだし、たまにはいいだろう。」

真田は目をそらしながら、そう言った。

「なぁ、なぁ、早くこれ食おうぜ、腹が減ったぜ」

ブン太はケーキを指差して、幸村に声をかけた。

「そうだね、ブン太も我慢できなさそうだし、食べようか」

ケーキにろうそくを立てて、赤也が火を消す。

そこでまた拍手が上がる。

ケーキをカットした瞬間、ブン太が我先にとケーキを皿に盛る。

「先輩、俺が先ッスよ」

「まだあるだろい?」

そんな日常のほのぼのとした時間が流れた。



すっかりと寝てしまった赤也を真田と柳は家まで送ることになった。

「まったく、目を離すとこれだ…」

真田は赤也を背負いながら、そうつぶやく。

「何だかんだいっても、弦一郎も面倒見がいいのだな」

柳は真田と赤也の顔を交互にみる。そういいながらも柳も後輩の赤也は可愛いと思っている。

「ま、これはこれで今日はよしとするか」

真田は柳の顔を見ると笑みを浮かべた。

真田の背中で気持ちよく寝息を立てる赤也だが、当の本人は夢の中で漂っている。

「…真田副部長、もう食べられないッスよ…」





おわり